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SWITCH
 
ふらりと入ったお店で
ふだんは読むことのない雑誌を手に取ってみると
思いがけない発見がある。
今日はメンチカツを待っている間
 SWITCH 』という雑誌に邂逅した。






岡村靖幸
って同い年だったんだなあと確認する。
往時より痩せこけた顔を見ていると
年をとったなあと思う。






熊川哲也
のアップの写真が掲載されている。
髪にも髭にも白いものが目立つ。
彼のような美形の人間、審美眼に長けた人間
の老いに対する恐怖とは幾ばくのものだろうか。





小泉今日子
が『原宿百景』というエッセイを書いている。

「10代の頃。
 表参道の歩道橋の下でスタイリストさんと待ち合わせをしていると
 外国人に強引なナンパをされた。
 立ち去るわけにもいかず言葉もわからず困り果てていると
 キーウエストクラブから出てきた素敵なカップルが声をかけてくれた。
 それならいっしょに待っていてあげると言って
 三人でガードレールに腰かけて世間話をした。
 待ち人が来ると「じゃあ」と手を振って車でブーンと去って行った。」



そういう原宿でのかりそめの出会いと別れのエピソードを数編書いている。
僕にとっては青春時代を喚起させる文章だ。






原宿モントークの店内外で撮影された写真が掲載されている。
あのカフェ・ド・ロぺのあった場所にモントークはある。
いつまでも同じであり続けることは難しい。
いやそれは不可能なことなんだろう。
小泉今日子もやはり年をとったなあと思う。
もちろん僕も年をとったのだけれど。











| mitsuijyuku | 13:38 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ニューイアーズイブ


ニューイアーズ・イブ
をやっと観てきました。
『ラブ・アクチュアリー』のような複数のストーリィが絡み合う映画が
大好きなのでずっと観たかった映画です。
『ラブ・アクチュアリー』をまだ観たことのない人はぜひ観てみてください。
お薦めの映画です。
どちらの映画も善人しか登場しません。
悪人はいっさい出てきません。
これって現実にはないまさにファンタジーではないでしょうか。







『ニューイアーズ・イブ』というタイトルの示す通り
ニューヨークの大晦日の一日を描いた映画です。
やはり年末に観とけばよかったなあというのが正直なところです。
ここ数年日本では年末年始の季節感が失われている
と感じているのは僕だけでしょうか。
一年の終わりと始まりのけじめのようなものがなくなってしまったような気がします。






ロバート・デ・ニーロが
末期がんの患者役で出ています。
動きのない役なのですが顔だけで見せてくれます。
味わい深い顔をしています。
ミッシェル・ファイファーが
仕事もプライベートもうまくいかないミドルエイジの女性を演じています。
「イタイ(若者コトバ)」けれどチャーミングです。
年齢とともに映画の見方役者の見方も変化しているようです。
若い頃はデ・ニーロもファイファーも目もくれなかったのかもしれません。








蛇足ですが
タイムズスクエアが何度も登場します。
TOSHIBAの掲示板が大きく目立っています。
その下にはTDKの文字も見えます。
また
ボン・ジョヴィが歌うシーンでの白いピアノには
KAWAIというメーカー名が登場します。
日本企業は世界でがんばっているんだなあと感じました。






 

| mitsuijyuku | 23:37 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
中学入試
 
早朝晴天。
今日は県立中高一貫校の入学者選抜がある。
塾から受検生のいる操山中に出向いた。





小学6年生の受検生が次々に登校してくる。
ある男の子が係の先生に
「学校に上履きを忘れてしまってスリッパしかないんだけど大丈夫でしょうか。」
という旨を真剣に訊ねている。
小学生ってこういうことが気になってしょうがないものだ。
受検生の中に塾生を見つけて声をかける。
強張っていた表情にぱああと笑みが広がる。
普段はひょうきんな生徒が
ぎこちなく手足を揃えて歩いて校門をくぐってゆく。
塾の先生のできることはこの最後の激励までであとは祈るしかない。






今年度操山中は定員120名に554名の受検生があったようだ。
合格の知らせが届くのは120名であとの434名には不合格の知らせが届くことになる。
つまり今日受検している小学6年生のほとんどは不合格という試練を受けることになる。
中学生や高校生の受験と違って小学生の場合は未成熟のため
周囲の大人のケアが絶対必要となる。
中学受検を精神的外傷として残してしまってはいけない。
親はもちろんのことともにがんばってきた塾の先生の責任は大きい。






操山中1期生の時は
1600名を越える志願者があり抽選で400余名が試験すら受けられなかったと記憶している。
公立中高一貫校が全国でまだ創設しはじめたばかりであった。
当時の受検生の多くはこの春から社会人1年生になるはずだ。
受検に合格してうまくいく場合もあればうまくいかない場合もある。
受検に不合格になってうまくいかない場合もあればうまくいく場合もある。
いろんなケースを見てきたが
塾の先生として合格/不合格を生徒とともにきちんと受け止めなければならない。
受検に必要な知識を教えるのはもちろんのことで
生徒の人生に如何にかかわっていくかが塾の先生の真価が問われるところだと思う。










| mitsuijyuku | 23:54 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
川崎 宗則
 
川崎宗則が疾走している。





年俸2億4千万円を
ソフトバンクホークスのレギュラーを
日本での約束されたポジションを全て捨て去って
シアトルマリナーズとマイナー(2軍)契約を結んだ。






その理由は
「憧れていたイチローといっしょにプレイしたいから。」
というシンプルなものだ。
何ものかに憧れることができるのはピュアなハートを持っているという証だ。
そして実際の行動に移すことのできる者などほとんどいない。
今どき中学生でもこんな直情径行のアクションをとるものは少ないと思われる。






「とにかくがんばります。」
とインタビューに答える川崎宗則は
30歳には見えない清冽なエナジーが湧き出ている。
スポーツニュースを見ていて久々にいい男の顔を目撃した。















| mitsuijyuku | 23:44 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
中華そば
 
僕は
小学校時代ソフトボールをやっていた。
いなかだったので硬式や軟式の野球チームはなかったから
運動好きの男の子はみんなソフトボールをやっていた。





建部スポーツ少年団が仏教◯◯宗主催のソフトボール大会に参加したことがあった。
試合開始時にお題目を唱えたり打席に入る前に合掌したりするという特殊な大会だった。
地元のお寺の住職がチームを引率してくれた。
試合後住職が「今日は一日ご苦労様。お腹が空いたろう。」と
中華そば屋に連れて行ってくれた。






ぼくらは有頂天になった。
外食をするという経験があまりなかったし
チームメイトといっしょに食べるということがうれしくてしかたなかった。
インスタントラーメンの味しか知らなかったぼくには
お店で食べる中華そばはなんとも贅沢なごちそうだった。
チャーシューやメンマなんてのは初めて食べた。
うましうましと
最後の一滴までスープを飲み干した。






光井塾冬期講習最終日。
みんなで年越し蕎麦ならぬ年越し中華そばを食べに行く吉例がある。
去年の暮れも食べに行ったのだが、
何人かが「ごちそうさま」もなく無言で出て行ったので注意した。
ごちそうになったら「ごちそうさま」と言うのが筋だし
お店の人にも「ごちそうさま」と言って店を後にするのが礼儀なんだよと。
自分から注意をするのは跋の悪いものだが
もしもしなかったら生徒たちはまた無礼な態度をとってしまうであろう。
さて
ここでふと思い出した。
僕自身はあの住職にきちんとお礼を言ったのだろうかと。







大晦日。
いつものように散髪屋に行き丸坊主に刈り上げ
その足でお寺に向かった。
住職は満面の笑みで迎えてくれた。
小学校時代の中華そばのお礼を言うと
照れくさそうだが嬉しそうだった。






卒塾生が訪ねてきたら
僕は必ず食事をともにするようにしている。
それはあの三十数年前にごちそうになった中華そばの味が
いまだに忘れないからだ。













| mitsuijyuku | 01:46 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
建部町民ソフトボール大会

建部町民ソフトボール大会。
20年来元旦は地元でソフトボールをプレイしています。
秋の台風による洪水の影響で
野球場、ソフトボール場が壊滅状態で使用できず
開催そのものが危ぶまれましたが
11チーム百数十名参加で盛大に行われました。






開会式でここ数年
選手宣誓というかアントニオ猪木のモノマネをやっています。
「元気ですかあー!
 元気があればなんでもできる。
 個人に元気があれば建部も元気になる。日本も元気になる。
 いくぞおおおお!
 1、2、3、ダアアアァァァァァァァーーーーーーーー!!!!!」






今年は猪木闘魂注入ビンタもやりました。
生きのいいやんちゃな中学生を呼びだして
本気度MAX100%でビンタしたものだから
本人はもとより他の人々も唖然としドン引きしていました。
「光井さん、あれはシャレにならんで。ケガしたら事件になるで。」と諌められましたが
中学生は大丈夫だったのでまあよしとしときましょうか。






試合は負けてしまいました。
僕の同級生は
主将は関西高校主将に
エースは作陽高校エースにと
なかなかの強者メンバーなのですが
寄る年波には抗えず坊主頭の紅顔の少年は白髪の太った中年男になってしまいました。
しかし
攻守交替はかけ足で
大きな声を掛け合ってプレイするスタイルは
建部中学野球部の頃のままでした。













| mitsuijyuku | 06:11 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
あけましておめでとうございます!!
201112311147000.jpg 



Happy New Year from New York !!






ニューヨークヤンキース
移籍が正式に決定しました。
ファンの皆様に一番に報告したくてこのブログで公表します。
                             (It's a small joke.)






今年は

『全打席ホームランを狙うフルスィング。
 内野ゴロでも全力疾走ヘッドスライディング。』

これをモットーに生きていきます。






2012年 平成24年
光井塾は開校10周年の記念年を迎えます。
さあ
勝負のときが来ました。
応援よろしくお願いします。











| mitsuijyuku | 04:07 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
年賀状
 
昨夜
やっとのことで年賀状を書き終えました。






 ε=( ̄。 ̄;)フゥ






今回は
アスクルの年賀状を採用しました。
lovelyなデザインに惹かれ即決しました。
しかし書いているうちに
メッセージ(あらかじめ決められていて変更はできません)
が喉に引っ掛かった小骨のように飲み込めません。
いまひとつ腑に落ちない文言なのですが今さら変えることもできません。
塾の年賀状を受け取った方はあのメッセージは僕のメッセージではありませんので
あしからず。






今年も出せるかぎりの人々に年賀状を書きました。
万年筆で住所と名前を書いていると
彼/彼女の思い出がフラッシュバックします。
ふだんは過去を振り返ることなどないのですが
年賀状を書いているとセンチメンタルな気分に浸ることができます。
一年の終わりの終末感を味わえるひとつの行事になっています。






プライベートの年賀状はいまだに
家族写真のを採用しています。
僕の母親がカメラマンを務めてくれるのですが毎回大仕事になってしまいます。
やっと撮れたとしても五人全員笑顔なんて写真はなかなかありません。
娘たちも成長してきたので
いつまで続きますことやら・・・・・







| mitsuijyuku | 23:19 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ブレーキパッド
image.jpg


今年最後の洗車。




銀のホイールから
ちらりと見える
John Cooper Works
赤いブレーキパッドがマニアの心を擽ります。






歌舞伎十八番
『助六所縁江戸櫻』
助六の赤襦袢のようなものですな。
赤の挿し色が効いています。






愛車321号にとっては
受難の一年でした。
来年は

“SLOW DRIVE  SLOW LIFE”

といきたいものです。






| mitsuijyuku | 11:17 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
青春
 


「青春の詩」      サミュエル・ウルマン



青春とは人生の或る期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。
優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心、
安易を振り捨てる冒険心、こう言う様相を青春と言うのだ。


年を重ねるだけで人は老いない。
理想を失う時に初めて老いがくる。
歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ。
苦悶や狐疑や、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰も
長年月の如く人を老いさせ、精気ある魂をも 芥に帰せしめてしまう。


年は七十であろうと、十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。
日く、驚異への愛慕心、空にきらめく星晨、その輝きにも似たる事物や
思想に対する欽仰、事に処する剛毅な挑戟、
小児の如く求め止まぬ探求心、人生への歓喜と興味。


人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる。
人は自信と共に若く 恐怖と共に老ゆる。
希望ある限り若く 失望と共に老い朽ちる。


大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、
そして偉力の霊感を受ける限り人の若さは失われない。
これらの霊感が絶え、悲歎の白雪が人の心の奥までも蔽いつくし、
皮肉の厚氷がこれを固くとざすに至ればこの時にこそ、
人は全くに老いて神の憐みを乞う他はなくなる。











青春時代
“青春”という言葉に敏感に反応したものだった。
五木寛之『青春の門』の主人公伊吹信介に憧れ
加藤諦三『青春をどういきるか』を一字一句暗誦するほど読んだ。
その頃サミュエル・ウルマン『青春の詩』に出会った。






今読むと
青春の渦中にいる若人へというより
青春はとうに過ぎ去った中高年へ向けてこの詩は書かれている。
ちょうど僕のような。






だが
毎日中学生高校生を相手にしていると
「青春とは人生のある限られた期間を言うのだ」とやはり思う。
青春なんて人生のほんの一瞬の出来事だからいいのではないだろうか。
そして年をとってふと思い出して
せつなくなったり赤面したりするのがいいんじゃないかしらん。
深夜
ボウモアをひとり飲みながらそう思う。






| mitsuijyuku | 02:38 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

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